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ナルシストはこうして作られる

8月28日
読了時間: 5分

相談を受けていると、こんな話を聞くことがある。

「夫は自分を褒めないと怒るんです」

「話をすり替えるんです」

「ガスライティングもします」

「何かに異常なくらい執着するんです」


そして最後に、

「だから、うちの夫はナルシストなんです」という話になる。


最近はYouTubeや本でも、「ナルシストはこうする」「これがナルシストの特徴」といった情報をたくさん見かける。

もちろん、相手を理解するための参考になるものもある。


ただ、不肖・小林(昔書いていたニュースレターやブログでの俺の名称)には少し気になることがある。


一つ一つの特徴を積み重ねていった結果、いつの間にか「ナルシスト」という結論が出来上がっていないだろうか。



毎日ラーメンを食べる人


例えば、毎日ラーメンを食べる人がいたとする。

「この人はラーメンが好きなんだな」

ここまではいい。

実際に毎日食べているのだから、少なくとも「よくラーメンを食べる」という事実はある。


ところが、ここから少しずつ言葉を変えてみる。

「ラーメンへの執着がある」

「ラーメンが人格の中心になっている」

「ラーメンがないと落ち着かない」

だんだん話が変わってくる。


さらに、その人があなたに、

「この店、絶対行った方がいいよ」

「一回食べてみなよ」

「なんで食べないの?」

「人生変わるよ」

と何度も勧めてきたとする。


すると今度は、

「価値観を押しつけている」

「人をコントロールしようとしている」

「支配的だ」

という解釈もできるようになる。


そして最後には、

「やっぱりナルシストなんだ。ラーメンナルシストだ」という話になってしまう。

いや~参ったな・・・。

これ、どこでナルシストになったのだろう。



事実と解釈は違う


最初にあったのは、

「毎日ラーメンを食べている」という事実だった。


ところが、その後は少し違う。

「ラーメンが好き」

「執着している」

「人格の特徴だ」

少しずつ解釈が加わっている。


そして最後には「ラーメンナルシスト」という新しいカテゴリーまで出来上がってしまった。

人間関係でも、これと似たことが起きる。

「責任転嫁する。だからナルシスト」

「共感しない。やっぱりナルシスト」

「自慢話が多い。ほら、ナルシストだ」

一つ一つの行動が、最初に決めた結論を補強する材料になっていく。



では、反対のことをしたらどうなるのか


例えばある日、ナルシストと言われている人が謝った。

普通に考えれば、「謝ることもある」という新しい事実が増えたことになる。

ところが、

「それはナルシストの演技だ」

と説明してしまう。


親切にした。

「ナルシストが操作しようとしている」


怒らなかった。

「ナルシストだから計算している」


こうなると、何をしても同じである。

怒ってもナルシスト。

怒らなくてもナルシスト。

謝らなくてもナルシスト。

謝ってもナルシスト。


これでは、ナルシストではない可能性を示す行動が存在しなくなってしまう。

ここは少し考えた方がいい。

どんな行動をしても同じ結論になるのなら、その結論は本当に検証されているのだろうか。

それとも、最初に出した結論を守るために、後から説明を付け足しているのだろうか。




探偵は「説明できない事実」を見る


探偵の仕事では、最初の印象だけで結論を出すわけにはいかない。

むしろ気になるのは、最初に考えた筋書きでは「説明できない事実」である。

例えば、

「この人は責任転嫁する人だ」と思って調べていたとする。


ところが、仕事では自分の責任を認めている。

家族には優しい。

自分の失敗を認めることもある。

そういう事実が出てきたら、

「では、最初の見方は正しかったのか」

と考え直す必要がある。


最初の予想と違う事実が出てきたからといって、

「これは例外」

「これは演技」

「きっと裏がある」

と全部片づけてしまったら、調査にならない。

最初から決めていた答えを確認しているだけになってしまう。



カテゴリーは便利だが、万能ではない


もちろん、「ナルシスト」という考え方そのものを否定したいわけではない。

カテゴリーは人を理解するときに便利である。

問題は、その使い方だ。


一つの行動を見る。

そこへ解釈を加える。

さらに解釈を重ねる。

そして最後に、一つのカテゴリーへ入れる。


その途中で、

「本当にそうなのだろうか」と確認する作業が抜けてしまうと、

カテゴリーに当てはまるものだけを見るようになってしまう。


株式など投資の世界には、

「卵を一つの籠に入れるな」という有名な言葉がある。


人を見るときも似ていると思う。

一つの籠だけで相手を理解しようとすると、その籠に入らない部分まで無理に押し込むことになる。


だから不肖・小林は、

カテゴリーは入口であって、結論ではない・・・と考えている。


「ナルシストだから」で終わらせるのではなく、

「実際には何をしたのか」

「いつもそうなのか」

「違う行動をすることはないのか」

「その行動によって何を得ているのか」

そこまで見ていく。


ラーメンを毎日食べている人を見つけたら、まずは「毎日ラーメンを食べている人」として見る。

いきなりラーメンナルシストを誕生させる必要はない。


人間関係で何か引っかかる。

モヤモヤする。

しかし、何が問題なのかうまく説明できない。


そんなときも、最初から相手に名前を付ける必要はない。

まず、実際に何が起きているのかを一つずつ整理してみる。

そこから見えてくるものは、意外に多い。

 
 
 

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