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なぜ警察や弁護士に話が通じないのか

8月31日
読了時間: 4分

警察へ相談した。

行政へ相談した。

弁護士にも相談した。


ところが、

「具体的に何があったのですか」

「事実関係を教えてください」

と何度も聞かれる。


そして帰り道で、

「なぜ分かってくれないんだ」

「こんなに苦しんでいるのに、話を聞いてくれなかった」

と思ってしまう。


こうした話を相談者から聞くことがある。

しかし、これは警察や弁護士が冷たいからとは限らない。

もちろん、相談する側が悪いわけでもない。

お互いが見ているものが違うのである。



相談者は「結論」を話している


相談を受けていると、

「夫は自己愛性パーソナリティ障害です」

「元妻からガスライティングされています」

「上司はモラハラです」

という言葉が出てくることがある。


ところが警察や弁護士が知りたいのは、そこではない。

「何があったのですか」

である。


相談者は、

「だから自己愛なんです」

と説明する。


しかし相手は、

「具体的には何をされたのですか」

と聞く。


ここで話がかみ合わなくなる。

相談者は結論を話している。

警察や弁護士は事実を聞いている。

この違いは大きい。



「自己愛です」は事実ではない


例えば、

「相手は自己愛性パーソナリティ障害です」

という説明。

これは事実ではない。

解釈であり、評価であり、見立てである。


一方、

「約束を何度も破られた」

「録音に残っている発言まで否定された」

「近所へ嘘を言いふらされた」

「生活費を渡してもらえなかった」

これは事実である。


警察も弁護士も行政も、まず知りたいのはこちらである。

相手が何者なのかではない。

相手が何をしたのか。


ところが苦しんでいる人ほど、相手の正体を説明しようとする。

長い時間をかけて調べ、ようやく「自己愛」「モラハラ」「ガスライティング」という言葉にたどり着いたからである。

自分の身に何が起きているのかを理解するためには、こうした言葉は役に立つ。

しかし、その言葉がそのまま第三者に通用するとは限らない。



病名を使うと、かえって話が難しくなる


「あの人は自己愛性パーソナリティ障害です」

と言えば、第三者からは、

「なぜそう言い切れるのですか」

と聞かれる。


場合によっては、相手へのレッテル貼りと受け取られることもある。

特に裁判では注意が必要である。

裁判所で重要になるのは、自分が付けた病名ではなく、実際に何が起きたのかである。

だから、

「相手は自己愛です」

ではなく、

「相手はこういう行動を繰り返しました」

と説明する。

この違いは大きい。



「録音があります」だけでも足りない


証拠についても同じである。

「録音があります」

という相談者は少なくない。

もちろん録音は大切である。


しかし録音が一本あれば、すべて分かってもらえるわけではない。

その会話の前に何があったのか。

なぜその会話になったのか。

同じことが何度繰り返されているのか。

録音だけでは分からないこともある。


だから必要なのは、証拠を集めるだけではない。

いつ、どこで、誰が、何をしたのか。

それがどのように続いてきたのか。

証拠と出来事を結びつけて、第三者が理解できる形にする必要がある。



「相手の正体」と「起きた出来事」は違う


「相手の正体が分かれば問題は解決する」

そう考えてしまうことがある。


自己愛という言葉を知った。

ガスライティングという言葉を知った。

モラハラという言葉を知った。

それによって、自分が経験してきたことを理解できるようになる。

ここまではいい。


しかし警察や弁護士に相談するときまで、その言葉だけに頼ってしまうと話が通じなくなることがある。

自分は相手の正体を説明している。

警察や弁護士は起きた出来事を知りたい。

そもそもの前提が違うのである。



必要なのは「第三者に伝わる言葉」


私は長年、探偵や相談の仕事をしてきた。

そこで感じるのは、多くの人は説明が下手なのではないということである。

苦しさもある。

怒りもある。

恐怖もある。


しかし、それを第三者が判断できる形に整理する言葉を持っていない。

だから私が相談でやっているのも、相手に病名を付けることではない。

混乱した話を整理する。

解釈と実際に起きた出来事を分ける。

そして第三者に伝わる言葉へ変えていく。


警察や弁護士へ相談して、

「分かってもらえなかった」

と感じたときには、一度確認してみてほしい。

相手が何者なのかを説明していないか。


それとも、

相手が何をしたのかを説明しているか。

「自己愛です」ではなく、何をされたのか。

「モラハラです」ではなく、いつ、どんなことがあったのか。

「ガスライティングです」ではなく、実際にどんな発言や行動が繰り返されたのか。

ここを変えるだけでも、第三者への伝わり方はかなり違ってくるのである。

 
 
 

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