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解離性同一性障害あるいは二重人格

どちらも同じ意味である。

二重人格というと「二つの人格」と思うだろうが実際は「複数の人格」が出る。

直接見たり会った事はないが、親族がこれだという人が過去にいた。

その人からはいろいろ教わり、今の仕事の基礎を作ってくれた人でもある。

いわば「恩師」といってもいいのである。


二重人格は解離性同一性障害であり、統合失調症で出てくる症状といえる。

ある人格が出ている時は「他の人格」の際に起きたことはまったく記憶がない。

だから自分本来の人格の時には他の人格が起こした事、例えば事件などは覚えていない、というか「全くの別人」が起こした事なの知らない。


事件などで精神鑑定する時にはこれが起きていないかも調べている。

もしそうだったら「心神耗弱」での犯罪ということで無罪になる可能性もある。

これは刑法39条にある有名な条文だ。


昔、数百年以上も前からこういった障害はあったようで日本では「狐憑き」などと言われてもいた。

海外でも同じで「悪魔の仕業」とも言われたようだが、1886年イギリスで「ジキル博士とハイド氏」という小説が発表されたことで注目が集まった。

1886年というと日本では明治19年である。


ジキル博士は善良な人間であるが、旺盛な欲望を持つ二面性がありそれをひた隠しにして生きていた。

それを何とかするために研究を重ね、人間の善と悪の面を分離する薬を作り出す。

それを使い、完全な「裏の顔」であるハイド氏となって傲慢不遜で殺人を犯す人格となって行動を始めたのである。


心理学では人間には二つの人格があって、往々にしてそれは正反対の面を持つといわれている。

善良であれば不良、傲慢といった面があるし、優しいとなれば残酷という面もある。

これが二つがバランスして一つの人格、一人の人間として生きている。

つまり、心は二つの対照的な要素から出来上がっているのだ。

しかし、善良であろうとする気持ちが強くなり、バランスが崩れて来ると「心の暴走」が起き、正反対の顔が強く出てくる。

この状態がいわば「心が折れた」状態だ。


理性や常識、道徳で抑えるのは当然だが、それも過ぎるとコントロール不能になるのである。

だからいつも言うように、いろいろな気持ちを言葉にして吐き出す、それを誰かに聴いてもらうことが大切なのだ。

この間書いた「フランケンシュタイン」同様、非常にオモシロイ話しである。



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