自己愛性パーソナリティー障害、境界性パーソナリティ障害、発達障害等の傾向にある人と一緒にいると、多くの人はイライラしてストレスが溜まります。
自分勝手、自己中心的、訳のワカラナイ理屈を吐きまくって、周囲の人は迷惑どころの騒ぎではありません。
さらには、彼等独自の理論から作り出した考えで、仕返しをするなどトンデモナイ行動をしてきます。
どうしてそんなことをするのか?
なんでそんなことを平気でするのか?
まったく理解できない、といった思いをした経験もあるでしょう。
自己愛者など、いろいろなパーソナリティ障害の人物から迷惑を受けている人達のほとんどは、「なんでそうする」「なんでそんなこと言う」「どうしてそんなことする」と私に聞いてきます。
また、そんな彼等を指して哀れな人、救いようのない人、そんなことをして人生が幸せなんだろうか、こんな風にはなりたくない、とも言ってきます。
皆はこう言いますが、それは私たちの常識の中で考えるからそう思うのです。
彼等の生きている世界では、それが常識的な行動であって、それで幸福感一杯の毎日なのです。
当然ですが、人は自分が生きている世界、自分の常識を基準にして考えます。
その常識が彼の持つそれとは違っているから理解できない、わからないのです。
理解する必要などありませんが、彼等は違う世界の人だということを前提にしていないと、訳が判らなくなってきて自分がオカシクなってしまいます。
考え方も、言葉も、行動も、風習も私たちがいる世界とは違っています。
専門家集団を指して「村社会」などと言いますが、それと同じです。
そこだけでしか通用しない考え方もあるし、言葉もあります。
このことは過去に何度も説明してきました。
彼等、迷惑な人達もある意味、パーソナリティー障害者村、という世界で生きているので、こちらの常識と違っているのです。
そして、この村にも、自己愛性村、境界性村、小児性愛者村、などといろいろあって、それぞれはある部分で共通していますが、考え方、行動の仕方、対象といったものは違っています。
だから、それぞれの村の人は、お互いにアイツらはオカシイ、異常だ、と自分たちの村の常識で批判することもあります。
例えば、
自己愛性村に生きている男たちは、たくさんの女性を回りに置いて、自分の指示通りに動かして、性的関係を結ぶことに喜びを感じます。
それを境界性村の男がみたら、ハーレムを作って何が楽しいんだ、自分が社会のトップに立って全体を支配する方が楽しいだろ、アイツらオカシインじゃないか、となるわけです。
また、それを小児性愛村の男が見たら、20歳以上の女だなんて、なんでそんな年寄りがいいんだ?
10歳未満がいいに決まってるだろ、あいつら熟女狙いなのか?訳がワカラネ~、となったりします。
現実の私たちが暮らしている世界でいえば、日本のようにお辞儀をする習慣が無い国から見れば、それは不思議なものです。
正座という座り方にしても、なんでそんな窮屈な座り方をするんだ、と思う人も海外からみればいます。
日本語を聞いた事が無い国の人にとっては不思議な言葉だし、仕草も訳が判らないものなのです。
自己愛者の行動や考え方が理解できない、判らない、というのはそれと同じです。
違う世界、違う国の人とあなたは遭遇した訳で、彼等の習慣や物事の考え方が、自分たちがいる日本と違っているから理解できない、と思った方がいいでしょう。
だから、なんでそうする?なんでそんなことをする?といくら考えても、または、本人に聞いたとしても、納得できる答えは返ってこないし、自分が持っている考え方と一致するはずもありません。
私が相談者によく言う、深く考えても意味が無い、そういうものだと思え、というのもこれがあるからです。
彼等の社会では、そういったことをするのが常識であって、そうすることが当たり前で、と思って見ていれば、イライラすることも無いと思います。
だからといって、それが許されるものでもないし、一人の行動で多くの人が迷惑するのであれば、なんとかしなけばなりません。
探偵が浮気調査するのも、それが民法の不貞行為で損害賠償や離婚の正当な理由となるから、その証拠集めをしている訳ですし、
それをすることで、配偶者が不利な状況を打開できるであろうからしています。
繰り返しますが、
価値観がまったく違う相手、考え方が全く違う相手を、自分たちの基準で判断する、話しをするからストレスになります。
私たちの持つ常識で考えるからダメなんです。
ひとこと言えば判るだろうと、常識の範囲で相手に注意する、なんでこんなことをするんだろう、と常識の範囲で考える、そんなことは無理なんです、考え方の土台から間違っています。
ここで、相手を知ろうとして、向こうの常識に合わせてはいけません、その常識を知る努力をしてもいけません。そんなことをすれば、あなたも向こうの世界に行ってしまうかもしれません。
いや、それよりも、二つのかけ離れた常識が頭の中に入ることで、あなたがオカシクなってしまうかもしれません。
ある程度知っておいて、あ~そうなんだ、くらいにしておいた方がいいでしょう。
それじゃーオマエはどうなんだ?と言われるかもしれません。
私は、こういった人を相手にするようになった初期のころ、いろいろなタイプを見ていて思ったのが、さっき言った、村社会と同じじゃないか?ということです。
それぞれ風習、常識、行動等の違いがあって、その常識を私たちに押し付けてきている、そんな風に思って、本を読んで調べるようになった訳です。
なので、どうしてそんなことをするのか?と考えた時に、なんとか村の出身だからそうなるのだろう、と考えるようにして、そこから先のもっと深い部分については、それは村に古くから伝わる考えだから、と割り切るようになったのです。
だから、皆さんも、自分の常識で、なんでそんなことをする、それで幸せなのか、と思わないことです。
哀れだ、救いようがない、と言って、助けようとは思わないことです。
彼等の常識は、私たちのそれとは大きく違っていることを忘れないでください。
ただし、家族がこういった病であれば、話しは別です。
精神科に行って診てもらうことを忘れないでください。
Commentaires