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執筆者の写真oryza63

バタード・ウーマン・シンドローム(被虐待女性症候群)

更新日:2023年6月30日


DV、虐待といった暴力、性的虐待や心理的虐待であるモラハラを受け続ける人に出て来る現象には、無気力、自己否定などがあり、同時に怒りを溜め込むこともあります。

今回はこういった症状が出る、バタード・ウーマン・シンドローム、被虐待女性症候群について話します。


今回の話しは虐待されるのが女性ということでバタード・ウーマンと言います。

虐待される相手によって、バタードパーソンになったり、バタードチャイルドやバタードワイフに変わります。


これは、虐待被害者の症状としてよく紹介されるもので、あまりにも虐待が継続・日常化した時、被害者が抵抗する意欲を失うばかりか、虐待をごく自然な行為として甘んじて受けるようになってしまう状態のことを指します。


batteredは「殴打された」という意味ですが、単に殴打、殴るだけでなく、蹴ったり、叩いたり、タバコの火を押し付けたり、階段から投げ落としたりといった暴力行為も含まれます。

そして心理的虐待も当然入っています。


心理的虐待を受け続けた被害者は多くの場合、次のような症状が起きます


1 自尊心が低い

2 自信がない

3 欲求をすり替える

4 完璧主義になる

5 人間関係がうまくいかない

6 落伍者症候群を起こす

7 悪いことはすべて自分のせいだと思う

8 危機志向になる

9 怒りや恨みを溜めている



1 自尊心が低いということは、他人の意見を自分のものより優先させることになります。


2 自信がないと、自分の判断の正しさを他人に認めてもらおうとしますが、結局は他人の意見に従ってしまいます。


3 欲求のすり替えとは、普通であれば誰でも自分を高く評価してもらいたいという欲求がありますが、虐待されていると周囲の人にそれを満たしてもらえないために、何か別のもので見たそうとするものです。

  多くの場合、嗜好に偏りが出て、アルコール中毒、摂食障害、依存症といったものに走る傾向があります。


4 心理的虐待を避けるために、相手の要望を完璧にこなそうとする強迫観念が出ます。


5 人間関係の問題は、虐待によっていつも相手にコントロールされることに慣れてしまい、自分を自分でコントロールする自信を失い、相手に何もかも決めてもらおうとしてしまいます。

  依存のように見えますが、すべてを相手に委ねてしまう依存より重症ともいえます。


6 落伍者症候群とは、成功した人が心では「自分の成功は偶然だ、本当はそんな人間なんかじゃない」と無意識に思い込む事で、自分が失敗するように追い込んでしまう考え、意識、行動と言われます。


7 虐待を受けてきた人は「何もかも自分が悪い」と思い込むようになります。そしてそういった罪悪感を背負って生きていきます。

対して虐待する人は自分に起きた問題を「すべて他人のせい」にして生きていきます。


8 危機志向とは、虐待を受け続けることで被害者は加害者を助けなければならない、救わなければならない、と思い込むようになり、相手の問題を必死に解決するようになります。

助ける行動によって、相手からその時だけ感謝される、そこに生きがいを感じてしまう。

大人になってからは他人の世話をしている時だけ生き生きとしてくる、他人の危機を救うことに生きがいを感じてしまう。

だから平穏な日が続くと自分で危機を作り出す、なんでもないことを深刻な問題にしてしまうこともあると言われます。


9 怒りや恨みを溜める、これは虐待を受けてきた人のいろいろな性格的特徴の根底には、未解決の怒りや恨みがあるという事です。

どんどん貯め込んでいき、限界に達した時にそれが爆発することになります。



虐待を受け続けることで被害者はどんどん無気力になっていき、加害者を喜ばせる事をします。そうすることが自分が生き延びるための手段と考えるのですが、同時に怒りや恨みだどんどん溜まっていきます。


これが限界に来て爆発するのですが、暴力的な爆発もあるし、声に出して訴えるということもあります。離婚や別居といった行動で爆発する人もいます。


私が今まで会ってきた依頼人の中には、殺るか殺られるか、といった極端な思考になり夫を殺そうとした人が何人かいます。その手口も聞いています。

まぁ、どれも事件にまではなりませんでしたが、彼女達は繰り返し実行して「人間ってなかなか死なないものですね」と皆が感想を言っています。


そんなことをして、現実に相手が死んでしまったら真っ先に疑われるに決まっているのに、そこは考えていない。

いや、理性では分っているけど、怒りや恨みが理性を乗り越えたのかもしれません。


また、依頼人の女性たちは夫に対して行動を起こしましたが、こういった虐待をされ続けてきたのが男性の場合は、怒りの矛先を外に向けることがよくあります。

「社会が、世の中が」といった言葉を犯人が吐きますが、それです。

そうやって本来の相手ではなく、無差別に攻撃することがよくあります。

もはや、自分の敵が何なのか分からない、誰をターゲットにすべきか分からなくなっているのかもしれません。


虐待には殴る蹴るといった物理的な暴力もあるし、言葉や態度による心理的暴力もあります。

この心理的暴力はモラハラとなり、ある意味、相手の心を破壊してしまう、殴る蹴るよりも強力な暴力でもあります。


しかし、世の中ではこのモラハラが横行していて、普段の生活や会話の中で誰でも平気でこれをしています。テレビ番組でもあります。

何かの罰ゲームで激辛料理を食べさせる、バカにするといったものは明らかにモラハラと指摘されています。

「へぇ~そうなの?」と思った人は、心理的暴力であるモラハラをある意味許容していて、それが普通のことと思っている訳です。

ということは、自分も似たようなことを他人にしている、強要している可能性が十分あります。



心理的虐待が日常的になるに従って、被害者も加害者もこれを虐待と思わなくなります。

さらに被害者は次のように考え、それが虐待だと誰かが指摘しても自ら否定します。


それは、

私より偉い人(親、夫、上司)は、私に対してどんな口の利き方をしてもいい、それは許される。その人にはそうする権利があるし、そうしてもらった方が私のためになる。


そして、

石や棒で叩かれたら痛いけど、言葉でなら何を言われても痛くない。

という考えです。


こうやって被害者は洗脳され、自分で自分を洗脳し、それが普通になっていきます。

あなたは大丈夫ですか?

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